医療者のための
AI指導者による
振り返り能力の
育成教材の開発と
その効果の検証

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研究の概要

医療の現場で働く人たちは、日々の経験を「振り返る」ことで少しずつ成長しています。「あのとき、もっとこうすればよかったかもしれない」「次はこうしてみよう」——そうした気づきの積み重ねが、よりよい医療につながっていきます。

しかし、学び始めたばかりの学生や若手の医療者にとって、自分だけで振り返りをするのは簡単ではありません。適切な振り返りをするためには、経験豊富な指導者からの助言が欠かせないのです。

そこで本研究では、AI(人工知能)を活用した「AI指導者」を開発し、学習者が心理的に安心できる環境のなかで、いつでも効果的な振り返りができる仕組みをつくることを目指しています。

具体的には、次の3つのステップで研究を進めます。

1

効果が認められている「R2C2振り返りモデル」を使い、実際の指導者と学習者の面談から効果的な声かけのフレーズを集めます。

2

集めたフレーズを活用して、振り返りを支援するAI指導者を開発します。

3

実際の指導者とAI指導者それぞれの面談を比較し、AI指導者の効果を検証します。

この研究を通じて、指導者の負担を減らしながら学習者の振り返り力を高め、「医師の働き方改革」が進む医療現場で、医療の質の向上に貢献することを目指しています。

学術的背景

振り返りが医療者の成長を支えている

経験を積んだ医療者は、日々の診療のなかで「自分の行動はどうだったか」を絶えず振り返り、パフォーマンスを改善し続けています。研究でも、振り返りの力が高い人ほど、よりよい専門家に成長できることが分かっています。つまり、振り返る力を育てることは、医療者にとって欠かせない課題なのです。

しかし、まだ経験が浅い医学生や研修医の段階では、「どうやって振り返ればいいのか」が分からないことがほとんどです。振り返りの"やり方"そのものを身につけることも、大切な学びのひとつです。

R2C2モデルとは?

これまで、振り返りをサポートするためのさまざまなモデルが開発されてきました。しかし、多くは「指導者がどう伝えるか」に焦点を当てたもので、学習者がその内容をどう受け止め、次の行動につなげるかという視点は十分ではありませんでした。

そこで開発されたのが「R2C2モデル」です。R2C2とは、Relationship building(信頼関係の構築)exploring Reaction(反応の探索)exploring Content(内容の探索)Coaching(コーチング)の頭文字を取った名前です。

このモデルの大きな特徴は、学習者が他者からの評価を受け止め、指導者とともに今後の行動計画を一緒に考えるプロセスがあることです。学習者自身が内省し、振り返る力を獲得できるよう設計されています。欧米の多くの医療教育プログラムでその効果が確認されており、本研究チームは開発者の許可を得て日本語版を作成し、セミナーやワークショップで紹介してきました。

なぜ今、この研究が必要なのか

2024年度から「医師の働き方改革」が本格的に導入されました。これにより、現場の指導者は患者さんの診療を優先せざるを得ず、教育にかける時間の確保が難しくなっています。一方で、学生や研修医からは「もっとフィードバックが欲しい」という声が上がっています。

研究チームが行ったアンケート調査でも、約85%の指導者が振り返りの方法に困難を感じ約20%が時間の確保が難しいと答えています。教育の負担を減らしつつも、質の高い医療者を育てていくことは、今まさに求められている課題なのです。

こうした背景に加え、近年の生成AI技術の発展と、研究チームがこれまでに蓄積してきたAIを用いた医療教育やR2C2モデルの経験を活かし、振り返りを支援するAI指導者の開発という着想に至りました。

本研究の目的

本研究は、AIを活用した振り返り能力の育成プログラムを開発し、その効果を検証することを目的としています。これにより、指導者と学習者の双方にとって有意義な時間を生み出し、学習者が心理的に安心できる環境で効果的な振り返りを行えるようにすることを目指しています。

本研究の核心となる問いは——
「R2C2モデルに基づくAI指導者は、
実際の指導者と同じレベルの
振り返り支援ができるのか?」

ということです。

この問いに答えるため、実際の面談から集めた効果的なフレーズを搭載したAI指導者を開発し、学習者の振り返り能力を育てます。そして、AI指導者が指導者の負担軽減につながるか、学習者が安心して振り返りに取り組めるか、振り返りの質や頻度が向上するかを明らかにしていきます。

ポストコロナ時代における持続可能な医療人材の育成と、医療現場の質の向上への貢献を視野に入れた研究です。

研究の進め方

本研究は3つのステップで、2025年度から2027年度にかけて進めていきます。

2025年度 〜 2026年度前半

ステップ1:効果的な振り返りフレーズの収集

R2C2モデルを用いて、実際の学習者と指導者のペアによる振り返り面談を行い、その内容を記録します。面談中の心拍数などの身体データや、面談後の心理的安全性に関するアンケートも収集します。

録音した面談を文字起こしし、指導者の声かけのなかから効果的なフレーズを抽出・整理していきます。

2026年度後半

ステップ2:AI指導者アプリの開発

ステップ1で集めたフレーズをもとに、生成AI技術を活用してチャットボット型の「AI指導者アプリ」を開発します。

まず研究者自身がテスト(α版テスト)を行い、続いて少数の学習者・指導者ペアにも試してもらい(β版テスト)、フィードバックを得ながら改善を重ねていきます。

2027年度

ステップ3:AI指導者の効果を検証

開発したAI指導者アプリを使って学習者が振り返り面談を行い、実際の指導者との面談と比較します。心拍数などの身体データ、心理的安全性のアンケート、振り返りにかかった時間や回数などを総合的に分析します。

AI指導者が実際の指導者と同等の振り返り支援を行えるのか、その効果を科学的に明らかにします。